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これ、見つけた人すごい。
五芒星の頂点がちゃんと意味のある場所になってるのと、五芒星の頂点だけじゃなくて、出雲大社と富士山をからめてるところとか、五芒星の中心が平城京だったり、五芒星の交点の位置に平安京がきたりするところも、オカルト的にポイント高い。出雲大社、B、C、富士山(からちょっと北にずれたところ)がほぼ直線で並んでるあたりにちょっと感動。
Source: maps.google.co.jp
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kagurazakaundergroundresistance:
inut:
via jun.2chan.netえっと…それなんてキラストリーt
(via fazz0611)
Source: fazz0611
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ak47:
banri’s fotolife(via uool)
商業地の建物の意匠ってファサードしか考える余地が無いケースが多いが、このPhotoを見ると、それすらも意味が無い様な絶望的な光景…。
Source: uool
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海外から帰ってきた友人が、「英語が聞き取れるようになった代わりに、空耳アワーも普通の英語にしか聞こえなくなった」と嘆いていた。「子供の頃は見えていた妖精が、大人になって見えなくなった」という話に少し似ている。
Source: gearmann
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最近の学生が「自分の田舎に帰ってデザインの力でふる里を変えたい」と、ものすごい確率でそう言う。ちょっと恐ろしい。
メディアの影響を受け過ぎだし、そもそも、田舎にそういう刺激や、第一、仕事はそんなにないし、デザイン料なんて、ないでしょ?? それらがわかっていればよいのですが・・・・。
ある尊敬するデザイナーがその様子をこう言っていた。「東京の解決すべき問題から、逃げている」と。時代や、デザインの考え方としてのトレンド(!?)もあり、やっと「デザインとはデザイナーのお遊びじゃなくて、社会の問題を解決する大切な行為」ということが、広がってきていることは、いいことじゃないかなとは思う。
実際、どんな田舎町にいても、最近は、A 昔からそういう高い意識で地元と戦っていたデザイナー。B 最近、ふる里に帰ってきて、東京などの修行した経験を生かして、地元をデザインで活性化しようとしているデザイナー。C 僕のように、全国をひとつの視点で見て、AやBのような人が動きやすい生態系を考えるデザインプロデューサー。D そういう動きに触発された地元のデザイナー。E そういう動きに触発された地元のデザイン学生。そして、F そういう動きに触発されて故郷に帰るデザイナー、デザイン学生。
ん、こういう環境の中、地方企業の若社長や、市や県の人も若返り、そうしたことに補助金も設定され、観光もデザインされていく・・・・・。プチ東京っぽいことが起こりだす。そして、ある都市のようにクリエイションをあきらめてしまう都市もあらわれる。いろいろ経験して「やっぱり、デザインは東京だよな」みたいなことで落ち着く場所も出て来る。
そういう事柄を全体的に理解した上で、どれだけの人が「田舎に帰ってデザインで活性化したい」と言っているかですね。そう簡単なことではありませんよね。
最近の学生が「自分の田舎に帰ってデザインの力でふる里を変えたい」と、ものすごい確率でそう言う。 - D&DEPARTMENT PROJECT (via nakano) (via tfujiki) (via oosawatechnica) (via kml) (via lazy-white-dragon)
2010-01-19
(via quote-over100notes-jp) (via mcsgsym) (via tiga)
(via ryu-ra)
(via matsunom) (via yuasa) (via yellowelephant) (via thresholdnote)Source: nakano
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Wind-dyed House / acaa (via ArchDaily)
Source: archdaily.com
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個人的に好きなエピソードは、中島らも氏か町田康氏かリリー・フランキー氏が体験した話で、定食屋かソバ屋のじーさんがいて、仏のような人格者だった。どんな客が来てもいつも笑顔で礼儀正しい。こんないい人はいないと言うと、じーさんは謙遜する。
で、みんなでご飯注文したら、じーさんの奥さんであるばーさんが食器を運ぶ。で、なぜかばーさんが手違いで箸を落とした。
じーさんは、その場でばーさんを「お客さんになにしてんだ、ババァ、死ね!」みたいな感じで罵り、鉄拳と灰皿か食器で殴って出血。ばーさんは鼻血を出してのたうつ。ばーさんが箸を落としたのは、じーさんに心底怯えていたからだった。
その場にいた人が思ったのは「ああ、全方面に良い人でいるのは、人間には不可能で、良い人に見えたとしても、たまたま良い人に見える方角に自分が立っていただけ」だそうな。まさに。
私が人格者という評判を信用しないのはそゆこと。
浅いっぽい : 善人を売りにする無理 (via petapeta) (via gkojax) (via jinakanishi) (via kml) (via fatherion)
これ、ちかくの呑み屋のオッサンもそうなんだよね。
(via tobyluigi)
(via tiga) 2009-04-27 (via gkojay) (via it-shine-reading) (via yaruo) (via damnlocks)
(via otsune)
(via yudaimori) (via ararky) (via m0r1) (via lunarlunatic) (via shortcutss) (via bgnori) (via text-man) (via tiga)
(via xlheads) (via usaginobike) (via handa)Source: petapeta
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Photographing the Umbrellas, a photo from Thessaloniki, Macedonia | TrekEarth
Source: handa
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